鷗風亭の旅だより

2026.09.14

鞆の浦・福禅寺「対潮楼」の絶景|朝鮮通信使が称えた「日東第一形勝」とは

鞆の浦歴史紀行

鞆の浦・福禅寺「対潮楼」の絶景|朝鮮通信使が称えた「日東第一形勝」とは

鞆の浦歴史紀行 Vol.8

潮待ちの港として栄えた鞆の浦には、この町を訪れ、この町から旅立ち、そしてこの町を想い続けた人々の物語が数多く残されています。
「鞆の浦歴史紀行」は、そんな鞆の浦にゆかりのある人物や出来事を、全12回にわたってご紹介していくシリーズです。

第8回は、福禅寺の客殿「対潮楼(たいちょうろう)」。

鞆の浦を代表する景勝地の一つで、座敷からは弁天島や仙酔島、その向こうに広がる穏やかな瀬戸内海を望むことができます。
私たちもお客様に鞆の浦の観光をご案内する際、よくおすすめする場所ですが、対潮楼の魅力は美しい景色だけではありません。
江戸時代、この場所を訪れた朝鮮通信使は、窓の向こうに広がる景色を「日東第一形勝」(日本で最も美しい景勝地)と称えました。

今回は、福禅寺・対潮楼の歴史と「日東第一形勝」という言葉に込められた意味、そして300年以上にわたって人々を魅了してきた鞆の浦の景色をご紹介します。

海と島々を望む福禅寺・対潮楼

福禅寺は、平安時代の天暦年間(947~957年)に創建されたと伝わる、長い歴史を持つ寺院です。その本堂に隣接する対潮楼は、江戸時代の元禄年間(1688~1703年)に客殿として建てられました。

海に面した石垣の上に建つ対潮楼.jpg
海に面した石垣の上に建つ対潮楼。その座敷へ入ると、目の前には弁天島と仙酔島、そして穏やかな瀬戸内海が広がります。

大きな窓によって切り取られた海と島々.jpg大きな窓によって切り取られた海と島々は、まるで一枚の絵のようです。

鞆の浦には海を望む場所がいくつもありますが、畳の座敷から弁天島や仙酔島を正面に望む対潮楼は、また違った趣があります。
この場所が長く人々を魅了してきた理由は、実際に座敷に入ってみると、より身近に感じられます。

朝鮮通信使を迎えた「海の迎賓館」

江戸時代、対潮楼は朝鮮通信使を迎える場所として使われました。
朝鮮通信使とは、朝鮮王朝から日本へ派遣された外交使節です。
瀬戸内海航路の重要な港だった鞆の浦にも一行はたびたび立ち寄り、対潮楼では日本の漢学者や書家たちとの交流が行われたとされています。

港には通信使を乗せた船が入り、鞆の町では一行を迎える人々が行き交いました。
対潮楼に残る書や漢詩をたどると、鞆の浦が海の向こうから訪れた人々を迎えてきた港であったことが伝わってきます。

「日本で最も美しい景勝地」と称えられて

1711年(正徳元年)、朝鮮通信使の一行が鞆の浦を訪れました。
その際、従事官の李邦彦(イ・バンオン)が対潮楼からの眺めを称えて、

「日東第一形勝(にっとうだいいちけいしょう)」

という言葉を残しています。

「日東」は日本、「形勝」は景色の優れた場所を意味し、「日東第一形勝」は「日本で最も美しい景勝地」という最大級の賛辞です。
長い航海の途中で日本各地を訪れた通信使。その中でも鞆の浦の風景は、強く印象に残るものだったのでしょう。

日本で最も美しい景勝地から見える瀬戸内海と島々.jpg現在、対潮楼の座敷には「日東第一形勝」の扁額が掲げられています。
その文字の先に見えるのは、弁天島と仙酔島、そして瀬戸内海。
「日本で最も美しい景勝地」と称えられた理由を、今も同じ場所から確かめることができます。

客殿の名に残る交流の記憶

「対潮楼」という名前にも、朝鮮通信使とのつながりがあります。
1748年(延享5年)に通信使が鞆を訪れた際、正使の洪啓禧(ホン・ゲヒ)が客殿を「対潮楼」と名付け、その子・洪景海(ホン・ギョンヘ)が書を残したとされています。

「日東第一形勝」という言葉だけでなく、「対潮楼」という名前にも朝鮮通信使との縁が残されているのです。
対潮楼には、通信使が残した書や漢詩にまつわる資料も伝えられています。

訪れた際は海だけでなく、座敷に残る文字や資料にも目を向けてみてください。

幕末には、いろは丸事件の舞台にも

対潮楼には、もう一つよく知られた歴史があります。
1867年(慶応3年)に起きた「いろは丸事件」です。

坂本龍馬ら海援隊と紀州藩との談判は鞆の浦で行われ、その場所の一つが対潮楼だったと伝わっています。
朝鮮通信使を迎えた場所が、約120年後には龍馬たちの交渉の場となりました。

一つの建物を通して、江戸時代の国際交流と幕末の出来事、その両方に触れられるのも対潮楼の興味深いところです。
鞆の浦歴史紀行 Vol.2」でご紹介した坂本龍馬といろは丸事件の物語も、ここで再びつながります。

扁額の先に広がる、今も変わらない眺め

対潮楼を訪れたら、座敷に掲げられた「日東第一形勝」の扁額を見たあと、そのまま窓の外へ目を向けてみてください。
弁天島と仙酔島、その間を行き交う船。晴れた日もあれば、島々が少し霞んで見える日もあり、季節や天候によって印象が変わります。

私たちも普段からこの海を目にしていますが、「日東第一形勝」という言葉を知ると、島々の並びや海の広がりにも改めて目が向きます。

扁額の先に広がる、今も変わらない眺め.jpg鞆の浦といえば常夜燈や昔ながらの町並みがよく知られていますが、対潮楼から見る鞆の浦もぜひ旅の景色の一つに加えてみてください。
300年以上前に海を越えて訪れた人が心を動かされた場所で、同じように海を眺めてみる。それも、歴史ある港町を訪れる楽しみ方の一つです。

「日東第一形勝」を旅の記憶に

ホテル鷗風亭へお越しの際は、鞆の浦散策の一つに福禅寺・対潮楼を加えてみてはいかがでしょうか。
「日東第一形勝」の意味を知ってから座敷に立つと、弁天島や仙酔島を望む景色にも、300年以上にわたって受け継がれてきた物語が重なります。

常夜燈や昔ながらの町並みとはまた違う、海に開かれた鞆の浦の歴史を感じられる場所です。
対潮楼を訪れたあとは、鞆の町を散策したり、ホテルへ戻って温泉でゆっくりしたり。時間に余裕を持って、鞆の浦での一日をお楽しみください。

次回の「鞆の浦歴史紀行」では、鞆の港に今も残る「常夜燈と雁木」を通して、潮待ちの港を支えた人々の営みをご紹介します。

福禅寺・対潮楼 基本情報

鞆の浦散策の途中に立ち寄りやすい場所です。対潮楼から望む弁天島や仙酔島の景色とともに、朝鮮通信使との交流の歴史にも触れてみてください。

  • 📍 住所:〒720-0201 広島県福山市鞆町鞆2
  • 🕘️ 拝観時間:【平日】9:00~17:00 / 【土日祝日】8:00~17:00
  • 🗓️ 休日:不定休
  • 🪙 拝観料:大人 300円 / 中高生 150円 / 小学生 100円
  • ☎️ 電話番号:084-982-2705
    ※拝観時間・料金・休日等は変更となる場合がございます。お出かけ前に最新情報をご確認ください。
【参考資料】

▷ 福山市「福禅寺 対潮楼」
▷ 福山市「鞆の浦について」
▷ 福山市「鞆町の歴史(近世)」
▷ 福山市「朝鮮通信使関連資料」

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