鷗風亭の旅だより

2026.08.24

万葉集に詠まれた鞆の浦|大伴旅人と「むろの木」に託された妻への想い

鞆の浦歴史紀行

万葉集に詠まれた鞆の浦|大伴旅人と「むろの木」に託された妻への想い

鞆の浦歴史紀行 Vol.4

潮待ちの港として栄えた鞆の浦には、この町を訪れ、この町から旅立ち、そしてこの町を想い続けた人々の物語が数多く残されています。
「鞆の浦歴史紀行」は、そんな鞆の浦にゆかりのある人物や出来事を、全12回にわたってご紹介していくシリーズです。

第4回は、奈良時代の歌人・大伴旅人(おおとものたびと)と、鞆の浦の「むろの木」をめぐる物語です。

常夜燈や昔ながらの町家など、町を歩けば随所に長い歴史を感じられる鞆の浦。
その歴史は私たちが思っている以上に古く、今からおよそ1300年前の『万葉集』にも「鞆」の名が登場します。

今回は、大伴旅人が鞆の浦で詠んだ歌と、今も町に残る「むろの木歌碑」をたどりながら、1300年前の鞆の浦と、そこに込められた大切な人への想いをご紹介します。

1300年前、大伴旅人が見た鞆の浦

大伴旅人は、奈良時代を代表する歌人の一人で、万葉歌人・大伴家持の父としても知られています。
政治家として朝廷に仕え、晩年には九州の大宰府を治める大宰帥(だざいのそち)を務めました。
大宰府へ赴任する旅には妻も同行していましたが、その地で妻を亡くします。

730年(天平2年)、都へ戻ることになった旅人は、その途中で鞆の浦に立ち寄りました。
かつて妻と一緒に見た鞆の浦を、今度は一人で見ることになったのです。
同じ海、同じ磯、そして変わらずそこに立つ「むろの木」。

景色が変わらないからこそ、そこにいるはずの人がもういないことを、より強く感じたのかもしれません。
旅人は、その思いを歌に残しました。

「むろの木」に重ねた、亡き妻への想い

そのときに詠まれた歌が、こちらです。

吾妹子が 見し鞆の浦の むろの木は
常世にあれど 見し人そなき
わぎもこが みしとものうらの むろのきは
とこよにあれど みしひとそなき

「愛しい妻が見た鞆の浦のむろの木は、今も変わらずここにあるのに、一緒に見た妻はもういない」という意味の歌です。
「むろの木」は、常緑の木とされています。変わらずそこにある木と、もう会うことのできない妻。

1300年も前に詠まれた歌ですが、大切な人と訪れた場所をもう一度訪ねたとき、ふとその人のことを思い出す――そんな気持ちは、今を生きる私たちにもどこか通じるものがあります。

遠い昔の歌なのに、どこか身近に感じられる。
それも、この歌の魅力なのかもしれません。

町歩きの途中で出会える「むろの木歌碑」

大伴旅人の歌は、今も鞆の浦で出会うことができます。
市営渡船場の向かい、福禅寺の客殿「対潮楼」の石垣下にあるのが、「むろの木歌碑」です。

福禅寺の客殿対潮楼の石垣下にある、むろの木歌碑.jpg常夜燈へ向かう町歩きの途中にあるため、知らなければ、そのまま通り過ぎてしまうかもしれません。
私たちスタッフがおすすめしたいのは、歌碑だけを見て次へ向かうのではなく、ここで少し足を止めてみること。
そして、旅人が妻を思いながら見つめた鞆の浦の海にも、目を向けてみてください。

もちろん、1300年前と今とでは町の姿は大きく変わっています。
それでも、同じ鞆の浦という場所で海を眺めていると、『万葉集』の中の出来事だった物語が、少しだけ身近に感じられます。

歌碑から対潮楼へ、そして常夜燈へ。
そんな順番で歩いてみるのも、歴史を知ったあとだからこそ楽しめる鞆の浦の歩き方です。

鷗風亭の売店にもある「むろの木」

そして実は、ホテル鷗風亭の売店にも「むろの木」があります。
といっても、こちらは木ではなく、大正10年創業、福山市の和菓子処「三河屋」が手がける、鞆の浦にちなんだお菓子「むろの木」です。

ホテル鷗風亭の売店にある「むろの木」のお菓子.jpg「むろの木」は、福山市の市制施行100周年を記念して選定された「福の山百選」にも選ばれています。
樹の木肌をイメージしたそぼろ生地にはアーモンドプードルが使われ、香ばしい仕上がりに。
中には粒あんをベースに、栗やオレンジピール、ワインとラム酒に漬け込んだレーズンを炊き込んだ、風味豊かなあんが包まれています。
口にすると、やさしい甘さとともにフルーティーな香りが広がります。

大伴旅人の歌を知り、実際に歌碑を訪ねたあとに売店でこの名前を見ると、「むろの木」という言葉にも少し親しみを感じていただけるかもしれません。
町歩きの思い出と一緒にお持ち帰りいただきたい、スタッフおすすめのお土産の一つです。

1300年前と今の鞆の浦を重ねながら

私たちが普段何気なく眺めている鞆の浦の海を、1300年前にも誰かが眺め、そこに大切な人との思い出を重ねていました。
そう考えると、『万葉集』も遠い時代の物語ではなく、この町に今も続いている歴史の一場面のように感じられます。

鞆の浦を散策される際は、常夜燈や対潮楼へ向かう途中で、「むろの木歌碑」にも少し足を止めてみてください。
歌碑を訪ね、旅人が見た海に目を向けながら、昔ながらの町並みを歩く。

そしてホテルへ戻られたら、売店に並ぶお菓子「むろの木」もぜひ探してみてください。
1300年前の歌を知ってから歩く鞆の浦は、いつもの港町とはまた少し違った表情を見せてくれるかもしれません。

次回の「鞆の浦歴史紀行」では、瀬戸内海の要衝として歴史を重ねた「鞆城」をご紹介します。

【参考資料】

▷ 福山市「実はつながりがあります 新元号『令和』と『鞆の浦』」
▷ 福山市「鞆町の歴史(古代から中世)」
▷ 奈良県立万葉文化館 万葉百科「巻3-446」
▷ 奈良県立万葉文化館 万葉百科「巻3-447」
▷ 奈良県立万葉文化館 万葉百科「巻3-448」
▷ 福山観光コンベンション協会「むろの木歌碑」

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